チリング・エフェクト(Chilling effects、恐怖をあおる効果)
(2025/10/6)New York Timesは購読していないと記事を読めませんが、タイトルをコピーして検索すれば、たいてい、他のメディアの同様の記事が出てきます。
1)リサ・クックさん
第6回で話した連邦銀行理事のリサ・クックさん(黒人、女性)については、連邦最高裁(※)が「大統領による解任を認めるかどうか、決定を保留する」とし、2026年1月に口頭弁論の場を設けることになった。
Supreme Court Allows Lisa Cook to Remain at Fed, for Now(2025/10/1, New York Times. 要購読)
※連邦最高裁判事(終身制)は大統領が指名し、上院が認める形をとる。今は共和党政権に好意的な判事が多数を占める。この点が以下、あちこちで問題になってくる。連邦最高裁に事例が持ち込まれ、政権にとって多少なりとも有利な判決がくだることで、政権の実権強化につながるため。
2)「移民対策」
ここで言う「移民」とは、外国生まれの人。正規のビザ、グリーンカードだけではなく、市民権を持つ人も含む。
現政権は選挙中から、「移民を米国から追い出す」ことを政策に大きく掲げていた。「移民が米国人の仕事を奪い、文化を破壊している」というメッセージは通りがよく、経済対策等と異なり、コミュニティの中でも「成果」が見えるため、推し進められている。
現政権がしている逮捕、収容、強制送還の過程には、当事者が異議を申し立てる場が保証されておらず、法律上、正当とみなされていない。だが、裁判所等が「違法」と言っても政権はやめないため、ターゲットになるリスクがある人たちに恐怖が広がり、自主的な出国につながっている。出国しないまでも、仕事に行けない人が増え、すでに移民労働に頼っている業界では労働力が足りなくなっている。ここで言う「移民」には、季節ビザ等で農業労働等をしている人たちも含まれる。
2025年9月初旬、連邦最高裁は、「見た目(人種)、言葉、場所、仕事をもとに職務質問や逮捕をしてよい」いう決定を下している。いわゆる「プロファイリング」を許可したもの。マスクをし、一般人の服装をした移民関税局(ICE)等のスタッフが日中、襲撃(raid)や連れ去りを各地(特に、民主党優位の自治体)でしているため、恐怖は非常に強い。
2-1)留学生
初めは、イスラエルのパレスチナ侵攻に反対する学生たち、中でも留学生たちが標的となった。ハーバード大学やコロンビア大学などで始まった問題は、研究補助金を盾に取った圧力等としてまだ続いている。
4月2日の報道によると、掛札が卒業したコロラド州立大学の留学生も数人が学生ビザを取り消され、出国を余儀なくされた(ビザは正規で、過去に交通違反等の軽微な違反があっただけ)。その後、取り消された1000人以上の学生ビザは元に戻ったが、そのまま、米国に再入国できない学生も多数いる模様。
ビザ発給にあたって個人のソーシャル・メディアの内容をチェックする等とも言われており、すでに米国の留学生減少につながっている(学部入学の留学生は奨学金等を得ず、学費を全額払う場合が多いため、大学にとっては重要な財源)。米国から他の国の大学院等へ移籍する人も(「頭脳流出」)。
ICE is reversing termination of legal status for international students in Colorado and around US, lawyer says(2025/4/25, KUNC)
2-2)逮捕、収容、送還
2025年8月29日時点でThe Guardian誌がまとめた数字によると、現政権の開始以来、「移民対策」のもとで逮捕された総数は22万8090人、収容施設にいる人は5万9760人、出身国または第三国に送還された人は23万4210人。最近になるほど、「犯罪歴ナシ」の割合が高くなっている。逮捕された人の中には、米国市民も含まれる(上に書いた通り、証拠のないプロファイリングによる逮捕は認められている)。
By the numbers: the latest Ice and CBP data on arrests, detentions and deportations in the US(2025/8/25, The Guardian)
2-3)親子の分離:恐怖戦略の典型
米国に入国、政治的理由をもとに移民申請をしたロシア人夫婦と子ども(8歳)。「家族3人でロシアに戻る」か、「戻らないなら、おとな2人は移民申請の処理が終わるまで収容、子どもは(子どもの福祉のため)フォスター・ファミリーに預ける」という選択を迫られ、後者を選んだ。「家族でICEに捕まったらこうなるぞ」という恐怖心を植えつける戦略で、親子の分離は第1次政権の時から始まった。
Inside Trump’s New Tactic to Separate Immigrant Families(2025/8.5, New York Times, 要購読)
2-4)イランへ送還
米政権とイラン政府窓口の合意を経て、イラン人数百人がイランへ強制送還される(55人はすでに送還済)。大部分はキリスト教に改宗した人、少数民族、政治活動家等と見られ、こうした人たちが世界でも最悪の人権侵害状態にある国へ戻ることでどうなるか、不安視されている。両国が何かの合意に達すること自体めずらしいけれども、移民を追い出したい政権と、国内の締め付けを強めたい政権の思惑が合った形。イランのみならず、同様の理由で米国にいる移民目的の人たちに対するchilling effectとなっている。
U.S. Deports Planeload of Iranians After Deal With Tehran, Officials Say(2025/9.30, New York Times. 要購読)
2-5)第三国へ送致
収容施設から、出身国ではない国(エルサルバドル、南スーダン、ルワンダ等)に突然、送致されることも。この恐怖はかなりのもの。
(Wikipedia、Third-country removalsの項)
2-6)奇跡的に解放されたケース
ミズーリ州Kennettで約20年間暮らしてきたCarol(本名はMing Li Hui)さんが4月30日、移民関税局(ICE)に逮捕され、香港に強制送還されることに。町のレストランで働き、皆に愛されていたCarolさんの逮捕、収容に衝撃を受けた町(ほぼ全員が共和党支持)全体が団結してあちこちに働きかけた結果、6月初旬に収容施設から解放され、町に戻った。Carolさんは20歳の時、「虐待をくりかえす母親から逃れるため」旅行ビザで米国に入国、そのまま残留していた。
町の誰が誰と交渉して解放につながったのかは不明だが、きわめて稀な事例であり、このような形で何万人もの移民(特に「違法」な人たち)を守ることは不可能。
ICE releases Carol Mayorga, a Missouri mom whose detention sparked rural uproar(2025/6/4, St.Louis Publivc Radio)
3)ソーシャル・メディアが恐怖の武器に
2025年9月時点で、チャーリー・カークさんについて否定的な投稿をネット上にしたという理由で、わかっているだけでも全米の145人が仕事を失った。この記事に出てくる女性は、インディアナ州立ボール大学で働いていたが、個人のFacebookに書いた投稿(カークさんを直接批判したわけではない)が拡散され、辞職。殺人の脅迫電話も。投稿を拡散した人には、イロン・マスクや同州司法長官も含まれる。
She Was Fired for a Comment on Her Private Facebook Account(2025/9/29, New York Times. 要購読)
4)トランスジェンダーの人たちを米軍から追い出す
2025年5月8日、トランスジェンダーと明らかにしている1000人弱の米軍兵士(男女とも)が、部隊から離れるよう命じられ、他の兵士もトランスジェンダーであるなら申し出るようにという命令が「戦争省」から出た(9月5日、源泉徴収が「国防総省」から「戦争省」に改称。法的な手続きは経ていない)。
Up to 1,000 transgender troops are being separated from the military in new Pentagon order(2025/5/8, PBS)
5)そして、宗教少数派、女性へ
世界各地に配属されている米軍の上級司令官たち約800人を急遽、集め、大統領と戦争省長官が訓示をするという前代未聞なできごとが9月30日、行われた。ここで長官は「ヒゲ野郎は要らない」と発言。暗に、イスラム教徒やシーク教徒(正統派ユダヤ教徒も)をターゲットにしている。
また同じ場で長官は、「軍隊で働く者は、もっとも強い男性を標準にすべき」と言い、米軍のトレーニング・レベルが女性兵士のために下げられてきたかのような表現をした。
上級司令官を同じ場所に集めること自体が、国の安全保障上、どれほど危険なことかは言うまでもない。
Trump and Hegseth's plan for a MAGA military reset, told in 11 quotes(2025/9/30, Axios)
Veterans See Costs and Risks in Hegseth’s Military Rewind to 1990(2025/10/2, New York Times. 要購読)
6)研究機関、研究者
大学に圧力がかかっていることは日本でも知られているが、研究機関も同様。(すでに割り当てられていた)研究補助金があちこちで大幅に切られただけでなく、現政権の政策に批判的な人たちが次々と解雇され、アドバイザー・グループが解散を命じられている。特に、健康、教育、環境、気候危機対策、対外支援の分野。
一例として、9月末以降、国立健康研究所(NIH)でこれまで停職処分になっていた4人のディレクターが解雇に。Jeanne Marrazzo博士(アレルギーと感染症研究所)、Diana Bianchi博士(子どもの健康と発達研究所)、Eliseo Pérez-Stable博士(マイノリティの健康、健康格差)、Shannon Zenk博士(ナーシング研究所)、そしてNIH全体のプログラムを統括する次長Tara Schwetz博士。5人のうち4人が女性。
Exclusive: After months in limbo, four NIH institute directors fired(2025/10/2, Science)
7)大学、教育
テキサスA&M大学の英語学部教授Melissa McCoul博士が9月、学生の申し立てをもとに解雇された。児童文学の授業で「男」「女」以外のジェンダーを取り上げたことに対し、受講していた学生が「現政権は、ジェンダーを出生時の男女(※)どちらかだけだとしており」、「自分自身の宗教観も害された」と申し立てた。教授はこの内容で長年、授業をきたという。その後、州の議員等の圧力で同大学学長も(監督不行き届きの責任をとって)辞任。
この流れを受け、テキサス工科大学システムは教員に対し、「ジェンダーは男性と女性の2つだけであるという大統領令に従って授業等を行わなければならない」という旨の通知を出した。
Texas A&M professor fired over discussion of gender identity(2025/9/11, Advocate)
Texas Tech’s limits on gender identity discussion deepen fears of politics breaching academic freedom(2025/9/26, Texas Tribune)
※染色体の組み合わせから身体の表現型(フェノタイプ。性器の形状のみならず)まで、性別は男女の2極ではなく、グラデーション。
8)私企業
日本でもニュースになったのは、政権に批判的なことで知られるトーク番組2つ(CBS、ABC。どちらも、司会は白人男性)。ABCと、局を所有するディズニー社に対して連邦通信委員会(FCC)委員長が「(政権批判を続けるなら)放送権を取りあげる」とまで言い出す事態に至って、急遽中止に。その後、ディズニー・チャンネルの購読キャンセルが約170万人にのぼり、ABCの番組は再開した。CBSの番組は今のところ、来春終了予定。
私企業が政治の圧力に対して弱くなった背景には、1970年代以降、米国のあらゆる業界が国際競争の中で「業界全体の利益」よりも自社の利益を優先させざるを得なくなり、かつ、経済学者ミルトン・フリードマンらが提唱し始めた「株主の利益を最大化する」ゴールに個々の企業が向かっていったことがあるとNew York Timesの記事は分析している。つまり、ディズニーはまず政権とFCCに屈し、次いで購読者の大量キャンセル(=株価急落)に屈したということ。
このNew York Timesに対しても、大統領は名誉毀損で150億ドルの訴訟を起こしている(9月の段階で連邦判事は棄却しているが、今後どうなるかは不明)。
また、こちらは圧力に屈したわけではないが、政府からの補助金と聴取者の寄付等で長年成り立ってきた非営利民間組織であるPBS(テレビ局)とNPR(ラジオ局)に対しても、すでに割り当てられていた補助金がすべて打ち切られた。同様の組織である『セサミ・ストリート』も補助金を失った。
Why Corporate America Is Caving to Trump(2025/9/26, New York Times. 要購読)
